人的資本経営とは?具体的な取り組み方や他社事例を紹介

投資家や経営者の間で「人的資本経営」に注目が集まっています。採算収支を表現するP/L(損益計算書)や資産や負債の状況を確認できるB/L(バランスシート)と合わせて、人的資本への投資が企業の価値を図るための基準の1つになっているのです。

そこで本記事では、人的資本経営の概要から、人的資本経営のポイント、人的資本経営の具体的な取り組みを解説します。また、他社事例として5社を紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。

人的資本経営とは

人的資本経営とは、会社で働く従業員をコストとして見るのではなく、事業の価値を向上させる投資対象として位置づけて経営することです。

これまでの経営では、P/LとB/Sが最重要指標として認識されていました。経営方針や経営ビジョンと併せて、投資家にとってP/LとB/Sは必ず確認すべき基本的情報だったのです。最近はそれに加えて、企業がどれだけ人への投資を積極的に行っており、投資によって収益をどれだけ得ているのかが重要な基準となっています。

人的資本経営コンソーシアムとは

2022年、人的資本経営の実践、先進事例の共有、企業との協力体制を目的として発起人7名によって立ち上げられた活動が人的資本経営コンソーシアムです。人的資本経営コンソーシアムには、経済産業省および金融庁がオブザーバーの立場で参加しています。

これからは人的資本への投資が企業の成長を左右します。中長期的に人的戦略を立て、経営者が積極的に取り組むことが求められています。また、投資家やステークホルダーに人的資本経営への取り組みを説明し、企業価値の向上を対外にアピールしなければなりません。

人的資本経営コンソーシアムでは、総会と共に企画委員会と実践委員会、および開示委員会が設置されます。コンソーシアム内での情報共有と学習、新たな気付きを得ることによって社会的に企業価値を高める働きに取り組みます。

人的資本コンソーシアムは、これまでコストとして考えていた「人への投資」が企業成長への糧として、積極的に取り組む企業が増えることを期待しています。

参考:人的資本経営コンソーシアムWEBサイト

人的資本経営が求められる背景

外国人従業員の雇用やリモートワーク、ワーケーションなど企業の働き方は多様化が進んでいます。これまで日本の主流となっていた終身雇用の概念に縛られた貢献ではなく、成果主義へのシフトが一般的となってきました。

投資家は、目的を持たずに働く人を雇用する企業ではなく、人材への投資状況が可視化された企業に対して真剣に評価するようになったのです。投資家とステークホルダーに対して企業価値を伝えるためにも人的資本経営が求められています。

また、働く環境の変化も人的資本経営が求められる大きなきっかけとなりました。コロナ禍の背景においては、リモートワークに取り組む企業が増え、従業員とのコミュニケーションの在り方に大きな変化がありました。言葉だけでは従業員のモチベーションを維持することができなくなり、組織として人材との向き合い方を見直すターニングポイントになったのです。

人的資本経営を行うメリット

投資家は、企業の経済活動と並行して社会的価値を含めた事業推進が行われているのかを判断しています。人的資本への取り組みを重要視しているため、新たな投資を得られるメリットがあります。

人への投資を行う会社は、従業員を大切にしている会社です。つまり、新卒や中途の志望者にとって、安定した教育制度が整っている会社は信用でき、自分を高めてくれる企業だと認識できます。そのため、優秀な人材を採用するための社会的アピールになります。

働いている従業員の成長を促し、エンゲージメントを高めることも人的資本経営のメリットです。高いモチベーションでスキルアップを継続すれば、個人の生産性は向上し、組織全体の成長へとつながっていきます。

人的資本経営のポイント

人的資本経営を実践する上でのポイントは、以下の3つが挙げられます。

  • 組織として目指す姿・あるべき姿を明確にする
  • 従業員のエンゲージメントを高める
  • CHROの設置を検討する

それぞれのポイントについて解説します。

組織として目指す姿・あるべき姿を明確にする

人的資本経営を実践するためには、組織として目指す姿・あるべき姿を明確にしなければなりません。なぜなら、組織のビジョンが従業員に浸透していない状態で教育を進めた場合、個人の成長が組織の成長へとつながっていかないためです。組織のビジョンが明確になっていれば、人材戦略の課題が乱雑になってきた時でも、立ち戻ることができるようになります。

また、目指すべき姿と現状のギャップを知ることが大切です。ギャップは経営課題であり、従業員個人の成長課題と一致します。ギャップを解消するための行動が成長につながり、組織全体の生産性を向上させます。ギャップを数値化しておくと、定量的な評価が明確になります。

従業員のエンゲージメントを高める

従業員のエンゲージメントの高さと生産性は比例しています。人的資本経営を実践する際には、従業員のエンゲージメントを高める行動と並行して進めていくことで、より効果が発揮されるようになります。

従業員のエンゲージメントが高まると、離職率低下にもつながります。研修の成果は、経験を積んでいくことで、高い成果が出るようになります。従業員に対しての投資対効果を最大にするためには、長く勤務してもらうことが大切です。

エンゲージメントを高めるために、あるべき姿とのギャップ分析をし、上司が適切にフィードバックします。自分では成長したと思っていても、方向性が誤っている可能性があります。組織の期待値と従業員の思いをすり合わせて、エンゲージメントを高めていくことが重要になります。

CHROの設置を検討する

CHROとは、Chief Human Resource Officerのことで「最高人事責任者」を指します。人事業務を経営の視点からマネジメントする立場にあり、投資家との対話によって新たな気付きを得るポジションでもあります。

CHROは、経営戦略から人事戦略を立案し、人的資本経営をリードしていくことが求められます。人事戦略の専任となる責任者の設置は、人的資本経営に準じた企業の成長に欠かせません。

人的資本経営に向けた具体的な取り組み

人的資本経営を実践するための具体的な取り組みは、以下のとおりです。

  • 時間や場所にとらわれない働き方を推進する
  • ワークライフバランスを見直す
  • ダイバーシティを受け入れる
  • 社内教育を充実させる
  • 給与や賞与、福利厚生など待遇面を充実させる

それぞれの取り組みについて解説します。

時間や場所にとらわれない働き方を推進する

コロナ禍の影響もあり、働き方の多様化が進んでいます。テレワークやワーケーションを取り入れる企業が増えている中で、時間や場所にとらわれない働き方の推進が求められています。また、地方での人材採用や、介護・子育てと両立できる環境など、これまでの働く条件を緩和した人材戦略を推し進めることも大切になっています。

優秀な人材が働きやすく、やりがいのある環境で成長することは、人材資本経営に向けた取り組みの基盤となるでしょう。

ワークライフバランスを見直す

働き方改革が推進され、ビジネスとプライベートの充実を意識する従業員が増えています。ワークライフバランスが取れており、プライベートが充実している従業員は、仕事のモチベーションや生産性が高まります。それぞれの従業員がワークライフバランスを取れているのか、組織として確認していく必要があります。

人的資本経営の実現に向けて、ワークライフバランスを見直し、心にゆとりを持って働ける環境づくりに取り組んでいきましょう。

ダイバーシティを受け入れる

従業員の個性を尊重し、成長への投資を実現するためには、ダイバーシティを受け入れます。雇用に関する考え方や価値観は多様化しており、グローバルに活動する企業も増えてきました。柔軟な組織運営を行うためには、ダイバーシティを受け入れることが必要不可欠です。性別はもちろんのこと、国籍や学歴に左右されずに、人材戦略を立案します。

社内教育を充実させる

人的資本経営では、従業員の成長に投資をしていきます。これまでの教育体制を見直し、社内教育を充実させた人材戦略を検討しましょう。新たに社内教育を実施するためには、案件に関わっていない時間を捻出する必要があります。余裕を持った働き方ができるような環境整備をしていきます。

社員教育のスタイルは変化を続けており、集合型研修のメリットやテレワークで実施する研修のメリットを加味した研修設計が求められています。

時間や場所にとらわれない働き方を推進する上では、eラーニングの活用をおすすめします。eラーニング活用について詳細を知りたい方は以下の資料をご確認ください。

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給与や賞与、福利厚生など待遇面を充実させる

人的資本経営では、給与や賞与、福利厚生などの待遇面を充実させていきます。企業が成長し、従業員の生産性が高まった結果、利益捻出につながったのであれば、給与や賞与で返していかなければなりません。経営戦略と人材戦略の成果として待遇面を充実させることで、従業員のモチベーション向上につながります。

人的資本経営の他社事例

人的資本経営を実践している代表的な企業の事例をご紹介します。人的資本経営を進めるための参考情報として、以下の5社の取り組みのポイントを解説します。

  •  旭化成株式会社
  •  アステラス製薬株式会社
  •  伊藤忠商事株式会社
  •  オムロン株式会社
  •  花王株式会社

旭化成株式会社

旭化成株式会社では、経営戦略の実現に必要な人材ポートフォリオを設定し、新卒採用や中途採用、社員教育に活用しています。人材の質と量を事業軸と機能軸の両面から検討しているため、経営戦略との融合しやすく、社員の納得度合いも高くなるメリットがあります。求める人材が採用できない場合は、M&Aを通じた人材獲得にも動くようにしています。

従業員意識調査の内容を見直し、社員のエンゲージメントを高める動きをしています。KSA(活力と成長アセスメント)を導入し、上司と部下の対話からよりよい環境づくりに力を入れています。旭化成株式会社は、優秀な人材の採用と成長を支え、サステナビリティの追求を目標として掲げています。

アステラス製薬株式会社

アステラス製薬株式会社は、医療現場で働く人々の負担を減少するために、新たな価値の創出に取り組んでいます。「価値を作り出すのは人である」の考えのもと、社員が持つ可能性を発揮できるよう、人的資本経営に取り組んでいます。

アステラス製薬株式会社では、人事部門の役割を再定義してHRデータの分析を行っています。人事部門が事業部のリーダーの質を高めるマネジメントを行い、HRデータを経営戦略や課題解決に活用しています。

また、経営計画で組織健全性目標を設定しています。社内文化やマインドセットの浸透を重視し、社長と社員が直接対話する取り組みや、リーダーが社員の質問に答えるセッションなどを開催しています。

伊藤忠商事株式会社

伊藤忠商事株式会社では、持続的な成長に必要な人材戦略を設定し、重要な経営戦略として位置付けています。本質を追求した人事戦略では、労働生産性の向上を重視し、学生をはじめとした労働市場に積極的に発信を続けています。

伊藤忠商事株式会社の経営理念「三方よし」のもと、多面的な戦略目標を立てています。「優秀な人材の確保」や「効率性の追求」など、それぞれの目標に対して施策と成果を開示し、ステークホルダーの理解を促しています。さらに、労働生産性を社外に発信しており、人的資本経営の取り組みが社会から評価されるように取り組んでいます。

オムロン株式会社

オムロン株式会社は、人事が「企業の付加価値に責任を持つ」立場になり、人材育成やエンゲージメント向上に取り組んでいます。企業理念の実現に向けて、人事情報システムで社員の能力、経験、思考を見える化しています。お互いの個性を知ることで、適切な人材配置を実現し、仕事への納得感と充実感を得ることができるようインフラを整備しています。

持続的な成長を続けるために、経営チームが社員の生の声を収集する仕組みを取り入れています。「持続可能なエンゲージメント指標」を活用し、集計分析したスコアのモニタリングと経営課題を把握するようにしています。

また、社員が自ら目標を立てることで経営理念を浸透させています。企業理念実践のストーリーをグローバル全社で社員が共有し合うことによって、企業理念を全社員に浸透させ、共感と共鳴の輪の拡大を促進しています。

花王株式会社

花王株式会社では、「ありたい姿や理想に近づくための高く挑戦的な目標」としてOKR(Objectives & Key Results)を導入しています。従来のKPIを主体とした目標を見直し、挑戦と連携を重視した人材育成の取り組みを推進しています。社員同士で目標を共有してブラッシュアップさせていき、自分の目標が組織目標にどうつながっていくのかを認識しながら、成長を続ける制度を取り入れています。

また、経営トップを委員長とする「人財企画委員会」を毎月開催しています。経営戦略と人材開発が親密に関係し、これからの人材育成の課題に対する解決策を議論する場を設けています。人財開発活動は国内に限ったものではなく、グローバルで共通の仕組みの導入を推進しています。

まとめ

人的資本経営の概要から取り組むことによって得られるメリット、他社事例までを解説してきました。

人的資本経営とは、会社で働く従業員に投資をすることで、新たな価値を創出し、組織の成長を目的とする取り組みのことです。また2022年には経済産業省が主導のもと、人的資本経営の実践、先進事例の共有、企業との協力体制を目的として「人的資本経営コンソーシアム」が発起人7名によって立ち上げられています。

人的資本経営を実践する上でのポイントとして「組織として目指す姿・あるべき姿を明確にする」「従業員のエンゲージメントを高める」「CHROの設置を検討する」を紹介しました。

社会では多様化が進み、新しい働き方を求める人材が増加しています。プライベートと仕事のバランスを重視する志向は強まり、リモートワークやワーケーションといった、離れた場所からも組織に貢献できるインフラ環境が整いつつあります。これからの企業は、数値目標に対する評価だけでなく、人的資本をいかに重視した経営を行っているのかが求められるのです。

他社事例にあったように、各企業が人的資本経営に積極的に取り組むようになってきました。これからの組織運営の在り方を改めて見直し、人材開発の取り組みを強化していきましょう。