人的資本の情報開示とは?項目と政府が進める義務化について解説

人的資本情報開示の義務化に先立ち、2022年8月30日に内閣官房から人的資本可視化指針が公表されました。これにあわせて各企業がさまざまな対応を求められることとなったため、人的資本の情報開示について詳しく知りたいという企業様も多いのではないでしょうか。

そこで本記事では、人的資本の情報開示とは何か、求められる背景、人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野(19項目)、必須となる社内教育、そして人的資本の情報開示を行う手順まで解説していきます。ぜひ最後までご覧ください。

人的資本の情報開示とは

人的資本の情報開示とは、人材をコストではなく企業が持つ資産として「人的資本」と位置づけ、企業価値に直結するものであるといった考え方のもと、ステークホルダーに公開することです。具体的には、有価証券報告書に人的資本の内容を記載することが人的資本の情報開示と呼ばれています。

近年ではさまざまな分野でグローバル化・オンライン化が進んでいることから、モノ・カネのような有形資産より、知的資産などの無形資産がマーケットを占める割合が増えてきました。そのため、従来の財務指標のみではなく実際の企業価値を測る意味でも「人的資本」の情報公開が求められる時代に入ったといえます。

今後企業としてさまざまな対応が求められるため、注目すべき事項だといえるでしょう。

人的資本の情報開示が求められる背景

人的資本の情報開示が求められる背景として、主に「ESG投資の観点」と「欧米の流れ」の2つが理由として挙げられます。

まず企業が将来的に継続して発展していくために、企業活動の中に環境問題や社会問題に対する取り組みを行うことがありますが、これに着目した投資の判断基準のことをESG投資といいます。また、ESGとは「Environment(環境)」、「Social(社会)」、「Governance(ガバナンス)」の頭文字を取ったものです。

それにより、「Social(社会)」に位置づけられる人的資本について、情報開示が求められるようになりました。

欧米においては、日本より数年早く人的資本の情報開示が進んでいます。実際に、欧州では環境問題、サスティナビリティなどへの関心が高いため、世界でも最も早く人的資本の情報開示が進んできました。アメリカでもリーマンショック以降、ESG投資が注目されています。

人的資本開示とISO30414の関係性

端的にいうと、人的資本開示におけるガイドラインがISO30414となります。ISO30414は、ISO(国際標準化機構)から発表されたものですが、主な目的は企業が人的資本の開示を網羅的かつ体系的に行うためのものです。

ガイドラインがあることで、企業側が情報開示内容を定めやすくなるほか、ステークホルダーとしても網羅的かつ体系的な情報を入手できることから、双方にメリットが生じます。

このISO30414について詳細を知りたい場合は、以下の記事もあわせてご覧ください。
ISO30414とは?具体的な項目や導入企業を紹介

人的資本の情報開示が一部義務化

日本でも人的資本の情報開示が一部義務化されることが決定しました。これまで金融庁が制度化を検討していましたが、詳細が固まったとのことです。

有価証券報告書を発行する大手企業4,000社を対象に、2023年3月期決算以降の有価証券報告書に社員満足度や人材投資額などの情報を記載するよう要求する形となりました。

そのため、上場企業の多数を占める3月期決算の企業は急ぎの対応が求められています。

人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野19項目

ここからは、人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野19項目を紹介します。

人材育成

1分野目は人材育成です。人材育成においては、従業員の育成・後継者の育成・研究者の確保・優秀な人材を維持するシステムの整備状況なども含まれます。具体的な項目としては「リーダーシップ」「育成」「スキル / 経験」が挙げられます。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
研修時間
管理指標 従業員1人当たりの研修時間
開示事項 報告対象期間における、ジェンダー及び従業員区分別の1人あたりトレーニングの平均時間(従業員全体へのトレーニング時間の合計 ÷ 従業員数)
開示要求項目 報告期間中に組織の従業員が受講した研修の平均時間

開示要求項目
(Disclosure Requirement)

従業員のカテゴリー別及び性別ごとの自社従業員1人当たりの平均研修期間
研修費用
管理指標 人材開発及び研修にかかる全てのコスト
開示事項 ・フルタイムの従業員1人当たりのトレーニングと人材育成の平均費用(従業員全体へのトレーニング費用の合計 ÷ 従業員数)
・給与支払いに占めるトレーニングへの投資額割合
開示要求項目 報告年度の常勤換算当たりの平均研修費用
パフォーマンスとキャリア開発につき定期的なレビューを受けている従業員の割合
開示要求項目 報告期間中にパフォーマンスとキャリア開発につき定期的なレビューを受けている従業員の割合(男女別、従業員区分別に)
開示要求項目
(Disclosure Requirement)
従業員のカテゴリーごとに定期的なパフォーマンスとキャリア開発のレビューに参加した自社の労働者の割合

上記の他にも、以下の項目が例として挙げられます。

  • 研修参加率・複数分野の研修受講率
  • 研修と人材開発の効果
  • 人材確保・定着の取り組みについての説明
  • スキル向上プログラムの種類・対象

エンゲージメント

2分野目はエンゲージメントです。エンゲージメントとは、従業員満足度を意味します。従業員が待遇や労働環境、仕事内容や働き方などに満足し、やりがいを持って仕事できているかを表す項目となります。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
従業員エンゲージメント
管理指標 エンゲージメント / 従業員満足度 / コミットメント
会計指標 「電子商取引、専門・商業サービス・インターネットメディア・インターネットサービス、ソフトウェア・ITサービス」従業員エンゲージメントの割合

流動性

3分野目は流動性です。流動性においては、人材の確保・定着が適切にできているか、採用コストや離職率などを報告します。具体的な項目としては「採用」「維持」「割くセッション」が挙げられます。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
離職率
管理指標 ・離職率
・自発的離職率
・重要ポジションの自発的離職率
会計指標 「電子商取引、マルチライン・専門小売業者・ディストリビューター、レストラン、ホテル・宿泊施設、専門・商業サービス、陸運」自発的離職率及び非自発的離職率「バイオテクノロジー・製薬」自発的離職率及び非自発的離職率:(a)執行役(員)、上級管理職、(b)中堅管理職、(c)専門職、(d)その他の全従業員 別(事業体は、全従業員を、米国雇用機会均等委員会 EEO-1 職業分類ガイドに従って分類)「医療提供」自発的離職率及び非自発的離職率:(a)医師、(b)医師以外の医療従事者、(c)その他全ての従業員 別
開示要求項目 報告期間中における従業員の離職の比率(年齢層、性別、地域による内訳)
採用・離職コスト
管理指標 ・1人当たりの採用コスト
・総採用コスト
・離職コスト

 

上記の他にも、以下の項目が例として挙げられます。

  • 定着率
  • 人材確保・定着の取り組みについての説明
  • 移行支援プログラム・キャリア終了マネジメント
  • 後継者有効率・カバー率・準備率
  • 求人ポジションの採用充足に必要な期間

ダイバーシティ

4分野目はダイバーシティです。ダイバーシティにおいては、人種や性別ごとの従業員比率や育休・産休をどの割合で取得できているかなどの項目を報告します。

また、多様なアイデンティティ、さまざまな背景を持つ従業員や顧客を受け入れられる体制が整備されているかも開示の必要が生じます。

具体的な項目としては「ダイバーシティ」の他に「非差別」育児休業が挙げられます。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
属性別の従業員・経営層の比率
管理指標 ・従業員の多様性(年齢、性別、障がい、その他)
・リーダー組織の多様性
開示事項 従業員別区分の年齢層、ジェンダー、その他の多様性の指標からみた雇用の割合
男女間の給与の差
開示事項 フルタイム従業員の基本給・報酬の男女別平均給与格差
開示要求項目 女性の基本給と報酬総額の、男性の基本給と報酬総額に対する比率
開示要求項目(Disclosure Requirement) 男女間の賃金格差(男性従業員の平均時給と女性従業員の平均時給の差を男性従業員の平均時給に対する比率で表したもの)

上記の他にも、以下の項目が例として挙げられます。

  • 属性別の従業員・経営層の比率
  • 正社員・非正規社員等の福利厚生の差
  • 最高報酬額支給者が受け取る年間報酬額のシェア等
  • 育児休業等の後の復職率・定着率

健康・安全

5分野目は健康・安全です。従業員の労働災害発生率や欠勤率などを報告します。つまり、従業員の健康面や安全面を十分に配慮しているかをステークホルダーが評価する指標だといえます。

具体的な項目としては「精神的健康」「身体的健康」「安全」が挙げられます。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
業務以外での従業員の医療やヘルスケアサービスの利用をどのようにして促進しているか、
及びその適用範囲の説明
開示事項 業務以外での従業員の医療やヘルスケアサービスの利用を組織としてどのようにして促進しているか、及びその適用範囲の説明
開示要求項目 組織は業務に起因しない場合の医療及びヘルスケアサービスへの労働者のアクセスをどのように促進するかの説明、及び提供されるアクセスの範囲の説明

上記の他にも、以下の項目が例として挙げられます。

  • 労働災害の発生件数・割合、死亡数など
  • 安全衛生マネジメントシステムなどの導入の有無、対象となる従業員に関する説明
  • 労働災害関連の死亡率
  • ニアミス発生率
  • 健康・安全関連取り組みなどの説明
  • 法的手続きの結果としての金銭的損失

労働慣行

6分野目は労働慣行です。賃金の男女比や福利厚生の内容などを報告します。労働に関連するコンプライアンス違反の有無、賃金の公平性が評価される項目です。

具体的な項目としては「労働慣行」「児童労働 / 強制労働」「賃金の公平性」「福利厚生」「組合との関係」が挙げられます。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
平均時給、最低賃金
会計指標 地域別の平均時給及び最低賃金を得ている店舗従業員の割合

上記の他にも、以下の項目が例として挙げられます。

  • 団体労働協約の対象となる従業員の割合
  • 児童労働・強制労働に関する説明
  • 結社の自由や団体交渉の権利などに関する説明

コンプライアンス

7分野目はコンプライアンスです。コンプライアンスとは法令遵守を意味します。ただ、ここでは法令遵守のみならず、社会的な規範・倫理観に則した経営活動ができるかを示す必要があります。

開示事項の例は、以下の通りです。

開示事項
深刻な人権問題の件数
開示事項 報告期間中に報告された顕著な人権問題に関連した影響を伴う苦情の件数と種類、及び影響の種類に関する事項
開示要求項目
(Disclosure Requirement)
自社の労働力に関係する深刻な人権問題及び事件の数
コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合
管理指標 コンプライアンス・倫理に関する研修を修了した従業員の割合
開示要求項目 人権方針や事業所に関わる人権側面に関する手順について、報告期間中に従業員研修を受けた従業員の割合

上記の他にも、以下の項目が例として挙げられます。

  • 人権レビューなどの対象となった事業(所)の総数・割合
  • 差別事例の件数・対応措置
  • 業務停止件数
  • 苦情の件数
  • コンプライアンス関連の説明
  • 人権・ハラスメント関連の説明
  • 社会基準により選定したサプライヤーの割合
  • 法令違反の数、罰金の金額など

人的資本の情報開示に必須となる社内教育

人的資本の情報開示にある分野の1つである「人材育成」はもちろん、ダイバーシティやコンプライアンスは社内教育が欠かせません。しかし、これらすべてを従来の研修方法で網羅するのは難しいのが現実ではないでしょうか。

そこでおすすめなのが「eラーニング」の活用です。eラーニングとは、インターネットを使った学習システムのことで、パソコンやスマホからいつでもどこでも受講できるオンライン学習サービスです。また、教材や学習カリキュラムを会社側が選択・設定できるという特徴があります。

収録テーマが充実しており、教材や学習カリキュラムの更新頻度も高いため、常に最新の情報を提供しているのもメリットの1つだといえるでしょう。

eラーニングを活用し、目的達成への効率化を図ることをおすすめします。

eラーニングの活用について詳細を知りたい方は、以下の資料をご確認ください。
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人的資本の情報開示を行う手順

最後に人的資本の情報開示を行う手順を解説します。

必要なデータを計測できる環境を整える

1つ目は、必要なデータを計測できる環境を整えることです。人的資本の情報開示を行うためには、まずは現状把握が欠かせません。しかし、現状把握といっても企業の業績に直結する数値以外をどのように計測すればよいか分からないことも多いでしょう。

そこで役に立つツールが「HRテクノロジー(通称:HRテック)」です。HRテクノロジーとは、人事労務部門で使用される管理システムやアプリケーションの総称をいいます。

大半の大手企業では図らずとも従業員の給与計算、勤怠管理などの業務でHRテクノロジーが利用されていますが、近年は人材活用・人材育成においてもHRテクノロジーの活用が拡大傾向にあります。

このHRテクノロジーを利用して人的資本における必要なデータを計測し、正確な現状把握に努めるのです。例えば、前年度の人的資本と比べて改善がなされたのかといった状況を数字として把握するためにHRテクノロジーが役立ちます。

もちろん現在使用している各管理システムがそのまま活かせる、もしくは現管理システムを拡張するレベルでデータ計測が可能であれば問題ありません。人的資本について正確な情報開示を可能にするためには、これらのツールの活用が必須だといえるでしょう。

目標を設定する

2つ目は、目標を設定することです。人的資本の情報開示は、ただ開示することだけが目的ではありません。企業は人的資本の情報開示をひとつのきっかけとして、企業価値の向上・発展に向かう取り組みが求められます。

有価証券報告書にて開示義務が発生するということは、人的資本が投資家の投資判断にも影響するため、人的資本がどう推移しているかという部分は今後注目されるでしょう。

そのため、企業の経営方針や人事戦略をもとに具体的な目標の設定が必要です。経営方針と人事戦略に一貫性を持たせていくことが大切だといえるでしょう。

現状と目標との差を埋める施策を実施する

3つ目は、現状と目標との差を埋める施策を実施することです。これはステークホルダーに対して説得力のある説明をするためにも大切な要素だといえるでしょう。

たとえ崇高な目標を設定したとしても、現状とのギャップが埋まらなければ評価が得られないだけではなく、企業活動においても損失になりかねません。そのため、企業として目指すべき方向に向かって実行し続けることが重要となるでしょう。

定期的なフィードバックで目標を達成する

4つ目は、定期的なフィードバックを受けて目標を達成することです。このフェーズではすでに人的資本の情報開示が進んでいる場合に適用されます。

人的資本の開示が進めば、投資家からのフィードバックを受ける機会が得られるため、それを施策に反映することも可能になるでしょう。

ステークホルダーからの意見・フィードバックを参考にして企業活動をより活性化させることで企業価値の向上・発展に役立てるのも大切な役目の1つだといえるでしょう。

まとめ

人的資本の情報開示の概要から人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野19項目について、必須となる社内教育、人的資本の情報開示を行う手順まで解説してきました。

人的資本の情報開示が望ましいとされる7分野は「人材育成」「エンゲージメント」「流動性」「ダイバーシティ」「健康・安全」「労働慣行」「コンプライアンス」の7つです。また、これら7つの分野に19項目が紐づきます。

人的資本の情報開示を行う手順は「必要なデータを計測できる環境を整える」「目標を設定する」「現状と目標との差を埋める施策を実施する」「定期的なフィードバックで目標を達成する」の4つです。

人的資本の情報開示に対する理解を深め、人的資本の価値を向上させることが今後ステークホルダーからの信頼を集める大切な要素の1つとなるでしょう。ぜひ本記事を役立ててみてください。