医療・介護の新人育成│OJTが上手くいく現場、上手くいかない現場

医療・介護業界は、養成校を卒業後に必ずOJTの期間が必要となります。

学校で学んだ専門知識・技術は基礎的なものであり、現場では様々な応用力、対応力が求められるからです。

期待をこめて採用した新入職員が現場で活躍できるかどうかは、OJTの期間に適切な育成がなされるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。

私は、理学療法士として、病院、介護施設、在宅介護分野を経験してきました。

部下や学生の教育にも携わり、50名以上を指導してきました。

そこで見聞きしてきたこと、学んできたことをもとに、医師以外の医療、介護スタッフのOJTが上手くいくために重要なポイントについてまとめました。

まず重要なのは “その現場環境はOJTに適切か?”

ある介護施設の夕食後のことです。

その時間帯は、トイレの前には車椅子の行列ができ、洗面台には歯磨きの介助を待つ方が3人ほど。

夕食をまだ食べ終わらない方もおり、食事介助も必要です。3人の看護・介護スタッフが介助に当たります。そのとき、職員の大声が響き渡りました。

「何やってるの!そっちが先じゃないでしょ!○○さん歩いてるじゃないの!ちゃんと見なさいよ!」

ベテランの看護師が新入職員の介護士を大声で叱っているのです。

その介護施設はワンフロア30人ほどの利用者がおり、自分のことを自分でできる方は半数ほどで、トイレや歯磨きなどに介助が必要な方も半数ほどいらっしゃいます。

新人の介護士は、入所者の歯磨きのケアをしようとしていたのですが、近くにいた認知症の入所者が立ち上がってフラフラと歩き、トイレに行こうとしていたという状況でした。

その入所者は付き添いが必要な状態なのですが、介護士は他の方の歯磨きを続けていたため、先輩のベテラン看護師が遠くから大声で叫んだのでした。

新人介護士は、早番、遅番勤務に加えて夜勤も始めたばかり・・・。

その日は明らかに疲れた表情で、足取りもフラフラと帰りました。

その帰り道、「転んで顔をぶつけました。」と看護師長に電話がありました。

疲労がたまり、受け身もとれなかったのでしょうか。看護師長は、「明日は休んで病院に行くように」と伝えました。

今どき、そんな教育があるのか??

と思われるかもしれません。

数年前ですが、実際にあった状況です。

医療・介護の現場は、人手不足が深刻です。

大声を出したのは、普段は丁寧に利用者のケアに当る看護師です。

忙しさと、新人介護士が思ったように動かない焦りから、イライラがピークに達したのでしょう。

その大声で叱ったことは、新人介護士を追い詰めてしまうことになりました。

厚生労働省によると、新卒3年以内の大卒の離職率は医療・福祉で37.6%(全産業平均32.2%~「新規学卒就職者の離職状況(2014年3月卒業者の状況)」より~)と、新卒者の離職率が比較的多いようです。

そんな業界で、最も重要なのが、大切な新入職員を「どの現場に託すか?」なのです。

OJTといいながら現場では即戦力として働くことが要求されるような現場では、充分に力量がないばかりに、現場で力を発揮できず、疲労してしまうこともあります。

新入職員の教育にふさわしい、余裕があり教育体制の整った現場かどうかの検討がまず重要なのではないでしょうか?

トレーナーはもちろん、監督者は模範を示せ

では、上述したような忙しい状況のとき、トレーナーはどんな対応をしたらよかったのでしょうか?

例えば、このような対応が考えられます。

歩き始めた入所者さんに、「○○さーん、どうしました!?」と声をかけて、その方の動きを止める。

「(新入職員の)□□さん、先に○○さんに対応できますか?」と声をかける。

新人さんは、手を止めて対応できる状況であれば、対応してもらう。

そのようにすれば、怒鳴らずともいいわけです。

また、そういった柔らかな対応を新入職員が経験することにより、「あ、このように対応すればいいのだな」と気づくことができます。

新入職員は、トレーナーの姿を見ています。

良いところも悪いところも、全てマネをする対象となります。

トレーナーが、いい加減な対応や不適切な対応をすると、新入職員も「それでいいんだ」と思います。

反対に、適切で丁寧な対応をすれば、それも身に着けていきます。

口頭で教えるよりも、その姿を見せることをしなければ、いくら高尚なことを言ったところで伝わりません。

有名な、山本五十六の言葉があります。

やってみせて

言って聞かせてやらせてみて

ほめてやらねば人は動かじ

まずは、やってみせることが最も重要です。

トレーナーがモデルになることは、教育の出発点なのです。

監督者も同様です。

監督者が、新入職員が上手く育っていないことをトレーナーの責任にしてはいけません。

職場全体で育てていくものなのです。

トレーナーが、教育について抱え込んでしまい悩んでしまうこともあるでしょう。

監督者は、トレーナーの良きサポーターになるとうまくいきます。

時には愚痴を聴くも必要です。

トレーナーの悩みを解決することは、新入職員のOJTを成功させるために重要なことなのです。

初めての失敗は叱ってはNG ~真の原因を追究し、叱るよりもまず改善~

私にも新人の頃がありました。15年前、病院に勤めて間もないころです。

リハビリ室に来た患者さんが、「水が飲みたい」とおっしゃいました。

コップにお水を入れて飲んで頂きました。

患者さんとともに病棟に戻り、看護師に報告したところ、「勝手なことをして!」とすごい剣幕で叱られたのです。

私は叱られた理由がわかりませんでした・・・。

先輩の療法士に相談すると、先輩は話を聴いてくれ、なぜ叱られたのかを私に考えさせました。

その患者さんは飲み込みの障害があり、水を飲むと気管や肺に入ってしまう可能性があり危険だということに気が付きました。

そのため、水を飲むときは飲み込みやすくするためにトロミをつけなければならなかったのです。

私は、叱られた理由に納得し、同時に、情報の大切さ、リスク管理の大切さを学びました。

もし私が、そのとき、先輩からも叱られていたとしたらどうだったでしょうか?

ただ「叱られた」という不満だけが残り、自分の行動を振り返り、反省し改善することに至らなかったかもしれません。

先輩は、一緒に原因追及をし、どう改善したらいいかを私に考えさせました。

そのため、私も腑に落ちて、その後の行動を変えることができたのです。

もしかしたら、先輩も看護師から、「どんな教育してるの!?」などと叱られていたかもしれません。しかし、落ち着いて指導してくれた先輩には、今でも感謝しています。

ミスを指摘することは大事です。

本人が、ミスをしたという認識することが、改善への第一歩だからです。

そのミスが重大なものであれば、叱ることも必要かもしれません。

叱ることによって、その重大性がわかるからです。しかし、それは「ここぞ」というときの奥の手です。

小さなミスでもいつも叱っていると、それに慣れてしまい、不満が残るだけで信頼関係も崩してしまう可能性があります。

叱るよりも、一緒に原因を考え、ともに改善を考えていくという姿勢が重要なのです。

長くなるためここでは触れられませんが、コーチング型の指導法をうまく用いることによって、「考えられる」人材を育成することができます。

あいまいな作業指示はミスのもと ~指示は具体的に~

養成校時代に、先生が言っていた話があります。

病院での臨床実習に初めて行った学生に対して、指導者である現場の理学療法士が、「明日はハンマーを持ってくるように」と、指示をしたそうです。

すると翌日、その学生は、“金づち”を持ってきたそうです。

指導者は、「バカヤロウ!打腱鎚(だけんつい)のことだよ!」と叱ったといいます。

打腱鎚とは、ヒザなどの腱を叩いて筋肉の反射を検査する道具で、神経が働いているかを診るものです。

笑い話のように先生は話され、そんなことはしないようにと学生に注意喚起していました。

しかし、指示を出した側にも問題はあるのではないでしょうか??

医療・介護業界は、専門用語にあふれています。

また、その病院や現場のなかでは常識的に使っている言葉で、外から来た人にはわからない言葉もあります。

ひと昔前は、指示を受けた側の解釈が間違っていると、不勉強だと考えられてきました。

しかし、今では、指示をする側に問題があるという考え方が広がってきています。

相手に対して適切な指示が出せているか、相手が受け取れることを指示しているか、が大切です。

指示を出すときは、具体的に、相手が理解できる言葉で伝えると、コミュニケーションが円滑になります。

プラス思考で育成する ~トラブル発生時こそ、部下育成のチャンス~

あるとき、部下から報告がありました。

その部下が担当していた患者さんから、お断りの連絡があったというのです。

リハビリで、患者さんに運動をがんばらせすぎてしまったようなのです。

「もうあなたにはやってもらいたくない」と言われてしまった、と落ち込んでいました。

部下は、熱心な男でした。

私は、彼の話を聴いていくと、患者さんのために、少しでもよくなってもらいたいとの思いで取り組んでいたことがわかりました。

私は、患者さんの疲労感や気持ちなどを聴きながら行ったかどうか質問したところ、それはほとんどしていなかったと言いました。

私は、「あなたが患者さんをよくしようと思って取り組んでいたことがわかりました。ただ、もしかしたら、相手の意に沿わない対応をしていた可能性があります。寄り添う力のあるあなたですから、相手とコミュニケーションをとりながら行えば、きっと適切な対応ができるはずです。この経験を生かして、あなたが今後生き生きと仕事をされることと信じています。」と伝えました。

その後、彼は患者さんとさらに熱心にコミュニケーションをとるようになり、部門のなかでも非常に優秀なスタッフになりました。

ネガティブなことが起こったとしても、それを経験として生かしていくことができれば、さらに成長していけるのだと確信しています。

それを支えることができる上司、トレーナーとして、関わっていくという姿勢が大切なのだと思っています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

本文にも記載しましたが、医療・介護従事者は、厚生労働省によると、新卒3年以内の大卒の離職率は医療・福祉で37.6%(全産業平均32.2%~「新規学卒就職者の離職状況(2014年3月卒業者の状況)」より~)と、新卒者の離職率が比較的多いようです。

人手不足は御存じの通り、医療・介護業界以外でも深刻な問題です。

最も重要なのが、大切な新入職員を「どの現場に託すか?」なのです。

これは、他の業種にもあてはまるのではないでしょうか?

トレーナーはもちろん、その上司にあたる監督者も模範を示し、叱るよりも改善、トラブル発生時ときこそ、部下育成のチャンスです。

「OJTトレーナーの知識や心構え」は動画eラーニングAirCourseの標準コースにもございますので、併せてご参考にして頂ければ幸いです。

ABOUTこの記事をかいた人

2005年理学療法士免許取得。病院、老健、通所、在宅の現場で、地域のニーズに根ざしたリハビリを担当。通所リハビリの事業拡大の時期には利用者数、売上2倍に貢献。 現場のエース療法士として活躍。現在は訪問リハビリ部門にて年間1500件の利用者宅を訪問し、細やかなリハビリのサポートを行っている。著書「患者さんがみるみる元気になる リハビリ現場の会話術」秀和システム 2017